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news letter vol.33 : 時空を越えた宮廷絨毯

2022年8月1日

MUNIでは、月に1度メールマガジンをお届けしています。
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2021年秋、クリスティーズに登場した五爪の龍の絨毯

時空を越えて

 2021年秋、世界的に有名なオークションハウス・クリスティーズ(CHRISTIE’S)にて、話題騒然となったオークションがフランス・パリで開催されました。日本でも報道されましたのでご記憶の方もいらっしゃるでしょう。  競売に出されたのは、縦4メートル、横5メートル、明代に紫禁城の皇帝の玉座の床を飾った五爪の龍の絨毯。中国の皇帝が「天の子」であることを象徴するモチーフです。  その絨毯は、1920年にアメリカ人夫妻が中国に新婚旅行に行った際に購入し、その後1987年にスイスの個人コレクターが購入して以来、34年ぶりに公の場にその姿を現したもの。落札価格は、事前予想を大幅に上回る774万ドル(約8億8千400万円)にまで吊り上がり、大きな話題となりました。過去に競り落とされたオリエンタルカーペットの最高額は170万ドル(約2億円)でしたから、今回の落札額がいかに破格かお判りいただけると思います。

紫禁城を飾っていた宮廷絨毯

参考画像: 玉座の足元に龍の絨毯が見える肖像画。


 世界遺産である北京の故宮は、かつて「紫禁城(The Forbidden City)」と呼ばれ、明朝(1368~1644)から清朝の滅亡のときまで、24人の歴代皇帝が暮らした居住空間であり、政治の中心でもあり、その栄華は「宇宙の中心」とまで讃えられていました。しかしながら一般のひとびとが立ち入ることはできなかったため、72万平方メートル(東京ドーム約15個分)の敷地に建つ世界最大級の皇宮は、長きにわたって外界の目から閉ざされていました。  

 1900年に起きた義和団事件の混乱直後の1901年、清朝が滅びる直前の紫禁城の建築調査に入ったのは、日本の東京帝国大学でした。その調査団に同行した写真家・小川 一真(おがわかずまさ)氏により、聖域とされていた紫禁城の内部の様子が初めて明らかになりました。(小川 一真氏は、日清・日露戦争、明治天皇の大喪の礼など、日本の歴史を伝える多くの被写体をとらえてきた写真家であり、有名なところでは、以前、千円札に描かれていた夏目漱石の写真があります。) 

 その記録写真により、紫禁城の内部は、真冬の北京の厳しい寒さをしのぐため、厚手のウール(羊毛)絨毯で覆われていたことが判りました。紫禁城には、その内装をつくるための専用の工房があり、絨毯は柱などの造作に合わせてくり抜き、各部屋に敷き詰められていたのです。 

1901年 小川一真氏による紫禁城内部の写真。
寒さから身を守るための絨毯が敷き詰められている。

 紫禁城を象徴し、王朝が交代しても大切にされるほどの印象的なアイテムであったこれらの宮廷絨毯は、義和団事件、のちの日中戦争、文化大革命などで、大半が失われることとなりますが、1910年代にその一部は、欧米や日本の古美術商の仲介により欧米のマーケットに紹介されるやいなや、アメリカの銀行家JP Morganや、Tiffany & Co.社の経営者チャールズ・L・ティファニーの息子である芸術家ルイス・カムフォート・ティファニーなどの社交会の人々によって買い取られます。

  これが世界にその存在と芸術性を知らしめるきっかけともなり、宮廷絨毯の美しさは世界のセレブリティーの垂涎の的となって行きました。現在では、世界的に現存する16〜18世紀に制作された宮廷絨毯(クラシカルチャイニーズ・ラグ)は非常に僅かであり、それらはメトロポリタン美術館やワシントンのテキスタイル美術館、ヴィクトリア&アルバート美術館などの欧米の美術館に収蔵されています。

世界の宝を後世に  

 それから約100年近く経った2000年には、46枚の宮廷絨毯が紫禁城の元配膳室であった部屋から発見されるという世紀の大発見がありました。そして、そのうち数枚が16〜18世紀に制作された宮廷絨毯(クラシカルチャイニーズ・ラグ)だったのです。
これは、イギリス人オリエンタルラグ蒐集家であり、オリエンタルラグの専門誌「HALI」のパブリッシャーでもあるMichel Fransesの強い働きかけにより発見に至ったもので、2005年にドイツのケルンで開催されたクラシカルチャイニーズ・ラグの展覧会において、世界に向けて発表されました。

そのシンポジウムに参加していたMUNIオーナーの楠戸は、大半が虫喰いや色褪せがひどく、良い状態で保存されているものはほとんどないことを知ります。楠戸はそのことをパートナーの張力新(Bill Zhang)氏に話し、MUNIが研究してきた伝統技術をこの世界の宝の修復に活かせないかと思いついたのでした。

            撮影 張力新氏


 そしてその後、楠戸は「故宮博物院 絨毯修復準備室」を立ち上げ、張力新(Bill Zhang)氏、工房の技術者と楠戸は実際に故宮博物院に絨毯の調査に入り、絨毯のコンディションや、修復の工程など学芸員との打ち合わせを進めて行きました。

2006年、北京故宮博物院にて。工房の技術者と学芸員の苑女史(中央)と。

北京故宮博物院 研究室にて。
右から2番目:工房パートナーBill Zhang、右端:オーナー楠戸 謙二。
左端:学芸員 苑女史。

 

 ところがそのような中で、残念なことに中国側の方針が変わることによって、そのプロジェクトは頓挫してしまうのでした。   

 しかし、現在でも二人はその想いを諦めておらず、将来必ずその夢を叶えるべく30余年経った今でも、技術の研鑽を続けています。そして、その積み重ねた技術こそが、今のMUNI CARPETSに余す所なく注ぎ込まれているのです。 

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